ロシアンルーレット
「すみませんでした。わざわざ一緒にきてもらって」
「すみません。じゃなくて、ほかの言い方、あるでしょう?」
「……ありがとう?」
「ピンポーン!」
僕の前を歩く美由紀さんは、花模様のスカートの裾を翻してふわりと舞った。
「あ、危ないですよ。そこ、車道です」
「なあに?大丈夫よ。ここは車なんてめったに通らないんだから」
めったに通らないからこそ、危ないんじゃないのかなあ。
そんな、心配症の僕の予感は、たいてい当たってしまうんだ。
「美由紀さん、危ない!」
「きゃあ!」
腕を掴まえた美由紀さんのスカートをかすめて、一台の外車が通り過ぎていった。
「だから、言ったじゃないで、すか……」
歩道と車道の中間で、僕は美由紀さんを抱きしめていた。
柔らかくて弾力があって、いい匂いがする美由紀さんの身体が僕の腕のなかにある。
「……ごめんなさい」
美由紀さんの吐く息がシャツを通して僕の胸を熱くする。
「ごめんなさい。じゃなくて、ほかの言い方があるんじゃないんですか?」
「ありがと」
ふざけたつもりの僕のセリフに、素直に『ありがとう』と言える美由紀さんはオトナだ。
いとこの拓哉兄さんに勉強を教わっている僕は、週に3回美由紀さんと会う。
美由紀さんは、拓哉兄さんの奥さんだから。
勉強のあとで毎回ごちそうになる美由紀さんの手料理は、週に2回はめちゃくちゃ美味しくて、1回はとんでもなくマズイ。
見たこともない野菜を使った、食べたことのない味の料理。
拓哉兄さんが『美由紀の料理はロシアンルーレットみたいだ』と言い。
僕が『ロシアンルーレットなら、外れは6分の1で済むのにね』と言う。