オレンジ色の太陽

「ねえ、あっち行ってみよう!」

 

「駅から遠くなっちゃうんじゃないですか?」

 

「いいから、行こう!」

 

美由紀さんに手を引かれて長い坂を登る。

 

振り返ると、僕たちの後ろには、手を繋いだふたりの影が長く伸びていた。

 

「あったあった、ここよ」

 

この公園を目指してたのか。

 

僕の手を引いて、ずんずん歩いていく美由紀さんが、ひとつのベンチの前で立ち止まる。

 

「あっち、向いて」

 

「はい」

 

「なにが見える?」

 

「空……?」

 

「もっと、下よ」

 

「……海……港が、見える」

 

「ふう……」

 

ため息をついた美由紀さんが、僕の手をようやく離した。

 

そうだった。

 

さっきからずうっと美由紀さんに手を握られていたのに、僕はあんまりなにも感じていなかったんだ。

 

離れて初めて、美由紀さんの手のぬくもりを意識する。

 

「願書をもらった帰りに、ここから夕陽をみると絶対合格するんだからね」

 

額に汗を浮かべて、輝く美由紀さんの笑顔。

 

そうだったのか。

 

だからわざわざ一緒にきてくれたんだ。

 

「わたしの顔を見ちゃダメッ!」

 

「はあ……」

 

「太陽を見てるのよ。最初から最後まで、海にすっかり沈んでしまうまで、ずうっと見てるの。一度だって目を離したら、ダメなの。いーい、わかった?」

 

「わかったよ。美由紀さん」

 

オレンジ色した太陽の下端が海に触れて、水平線がにじんで見える。

 

帰りましょう、と言うかわりに、僕は唾をごくんと呑み込んだ。

 

「少し、座ろうか」

 

美由紀さんの言葉が、甘いトゲのように僕の胸を刺した。

 

好きな女性と、暗くなった公園のベンチに並んで座っていて、平静でいられる男なんているわけがない。

 

そうなんだ。

 

僕は美由紀さんのことが好きだ。

 

拓哉兄さんから、婚約者だと紹介されたあのときから、僕はずっと美由紀さんを好きだったんだ。