温かかった唇

「ねえ、気がついた?」

 

笑いを含んだ美由紀さんの声が、耳のすぐそばで聞こえる。

 

囁くような押さえた声は、いつもの大らかな美由紀さんとは別人のように秘密めいている。

 

急速に暗くなった公園内を見回した僕は、美由紀さんの言葉の意味を理解した。

 

たいして広くもない公園は、がらんとした広場のようになっていて、子供が遊ぶ遊具などもない。

 

古ぼけた木のベンチが置かれているだけだった。

 

広場の中心を向いて置かれたいくつものベンチは、等間隔を保って円を描いている。

 

その、どれにも、漏れなくカップルが座っていたんだ。

 

男は女の肩を抱き、腰に手を回すか腿に置くかしている。

 

顔を寄せ合うカップル、キスを交わすカップル、服の上から女の胸を掴む男の手。

 

ミニスカートのなかに手を入れる男、のけぞる女。

 

男の股間に顔をうずめている女……。

 

見ていられなくなって目をそらすと、美由紀さんと目が合ってしまう。

 

「うふふ……純情な少年には、刺激が強すぎたかなあ?」

 

からかいの色を美由紀さんの瞳のなかに感じた僕は、カアッと身体が熱くなる。

 

悔しい。

 

美由紀さんに子供あつかいされていることが悔しい。

 

「キスだけなら、してあげてもいいよ」

 

驚いて固まっている僕に、美由紀さんの顔が近づいてきて、あっというまに唇が僕の唇に触れた。

 

目を閉じた美由紀さんの顔が近すぎて、僕の両目は焦点を結べない。

 

すぐに離れてしまった美由紀さんの顔が、まだ目の前にあった。

 

「ねえ、初めてなの?キス……」

 

こんな表情の美由紀さんをみるのは初めてだった。

 

週に3回、会っていても、こんな……。

 

僕の頭にその言葉が浮かんだ。

 

みだら……。

 

淫らな顔をした美由紀さん。

 

柔らかくて、ほんのり温かかった唇に、もう一度触れる。